プロフィール

黒澤恵子

  • 防災備蓄収納マスタープランナー
  • 防災士
  • 国際認定資格 ペットセーバー
  • 整理収納アドバイザー2級

夫・2男1女(大学生と高校生)の5人暮らし。静岡県出身。

静岡県の海沿いの町で「いつ東海大地震が来てもおかしくない!」と言われ続け、

家庭でも学校でも備蓄が当たり前の防災意識の高い環境の中で育ちました。

防災対策、シュミレーション、情報収集が趣味の「自称・防災オタク」だったので

2男1女の子育てがひと段落し、念願だった防災士の資格を取得しました。

友人や周りの人からは

「備蓄が必要ってわかっているけど置く場所がない」

「懐中電灯と水があればなんとかなるよね?」

「いざとなったら近所の体育館に行けばいいよね?」

・・という声が多く、

備蓄品の収納場所の大切さを感じ整理収納アドバイザー2級を取得。

防災士+整理収納の知識を生かして出来ることを・・と模索していた時に

【防災備蓄収納プランナー】を知りました。

一般社団法人 防災備蓄収納プランナー協会長柴美恵代表理事の元で学び、

2017年4月、協会の最上位資格である『防災備蓄収納マスタープランナー』を取得しました。

現在「おうち防災講座」やパラコードを使ったワークショップなどをしています。

子育ての経験、ボランティア活動の経験を活かし「災害弱者」である子育て中のご家族や、

ご高齢の方、ペットと生活をしている方への防災意識啓発に特に力を入れて活動しています。

 

 

≪私が防災意識を強く持つようになったきっかけ≫

1983年(昭和58年)5月26日に日本海中部地震という地震が起きました。

震源地は秋田県能代沖、最大震度は震度5という当時日本海側で発生した最大級の地震でした。

当時私は小学生でしたが、この地震のことを鮮明に記憶しています。

なぜなら、この地震の津波被害により母の友人の娘さん(私と同い年)が亡くなったからです。

母は秋田県の山間の町出身です。

この日、母の地元の小学生が震源に近い男鹿半島に遠足に行っていました。

大きな地震があり、その約10分後に到来した津波により遠足中の小学生13人を含む72人の方が津波の犠牲になりました。

当時、私は「なぜ地震発生後にもそのまま海辺にいたんだろう?」と疑問に思いました。

静岡では「大きな地震の後には津波が来る危険性がある」と学校でも言われていたからです。

そのころの新聞や書籍で『当時のシステムでは津波警報の発表が遅かったこと』

そして『当時、日本海沖には津波は来ない』という俗説がまかり通っていたことが人的被害を大きくしたと知りました。

知っていたとしても、たった10分では逃げ切れなかったのかもしれません。

でも、、知っていてすぐに行動を起こしていればもしかしたら逃げ切れたのかもしれません。

いくら考えても失われた命が戻ってくるわけではありません。

 

その時から私は、

知らないよりは少しでも知っていたほうがいい、まったく備えないよりは少しでも備えていたほうがいい、

と思うようになりました。

残念なことに、この日本海中部地震の後にも

阪神淡路大震災、中越地震、東日本大震災、熊本、北海道と大きな地震被害が後を絶ちません。

私たちは自然災害から逃げることはできません。

どんなに備えていても人間が太刀打ちできないほどの自然の猛威が相手です。

 

でも、過去の災害から学ぶことはできます。

被害にあわれた方の残してくださった教訓を生かすことで少しでも供養になるのでは…と思っています。

 

大切な人を守るためにできることを

一人でも多くの方に考えていただけますように…